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チェルノブイリの子どもたちの作文集「わたしたちの涙でゆきだるまが溶けた」

ここでは、「チェルノブイリの子どもたちの作文集「わたしたちの涙でゆきだるまが溶けた」」 に関する記事を紹介しています。
チェルノブイリの子供たちが書いた作文集を紹介します。
今後5年後に確実に起きるであろう福島の未来。
この作文集は、主に中等学校(11年制で、6歳から16歳までの子どもが学ぶ)の高学年の生徒たちによって書かれました。
事故が起きた時、この子達はまだ幼くなにが起きたのかを正確に理解することができなかった、そんな彼らが成長して書いた文章です。

「わたしたちの涙で雪だるまが溶けた」梓書院 チェルノブイリ支援運動九州より
http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/ 放射能防御プロジェクトより転載

「わたしたちの涙でゆきだるまが溶けた こどもたちのチェルノブイリ」 梓書院 チェルノブイリ支援運動九州編。チェルノブイリ事故後の子どもたちの作文集です。この作文集を愛読していた女性からぜひ紹介してほしいとメールが届きました。昔の出版物で版元にも残部は多く残っていないそうですが、ぜひ読んでほしい内容です。このメールをくれた女性が、自分のブログで、転載していくそうです。この作文集より二つ、話を紹介します。

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http://www.cher9.to/
 私は昔これに関わるボランティアをして、奇形児の話があまりに衝撃的で今も心に残っています。
 チェルノブイリ支援運動九州さんから、在庫も少ないのできちんと出先をきちんと表記してくれれば
ブログに載せてかまわないと承諾を得ました。福島の子どもに早く逃げて欲しいので、資料として50人分転載していこうと思っています。 良かったらみてください。 
 福島や汚染のひどい場所の子どもは、何としてでも避難してほしいです。
福島は美しいところです。そして福島の子どもはとても可愛いです。
 だから、これからのことを考えるだけで、涙が出てきます。 
 私が一番気になったのは5キュリーの汚染で甲状腺の病気になっているところです。


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「心に秘めた願望」  エブゲーニ・ペトラシェービッチ(男) 
               中等部10年生 カリンコビッチ地区

 この森には何でもあった。草原は僕を引き寄せ、友達と長い時間を過ごした。
森はキノコの王国だった。
 しかし今は、すべて過去のものとなってしまった。
僕たちの村、ミノフビッチでの放射能の測定値は5キュリーに達した。
昔とはまったく違う村になってしまった。
 

チェルブイリは僕たちから、平穏、未来への希望、幸福への確信をすべて奪い取ってしまい、今はただ恐ろしい悪夢の時代になってしまった。
 僕は学生で、よく勉強している。僕や友達が熱望することは、将来、新聞、ラジオ、テレビが報道している禁止事項がすべてなくなってしまうことである。
 大祖国戦争のとき、ベラルーシ国民は多大ば犠牲を払った。
 4人に1人が死んだ。
 残忍なチェルノブイリは、何万人もの人々の命を奪い取去り、何万人の子どもを病院や診療所にたたきこんだ。
 テレビで親たちが最後の望みをかけて、骨髄移植のために息子や娘を国外につれていく費用を協力してほしいと訴える様子は見るに堪えなかった。
 血液のがん。これは治療の困難な現代の病気である。

罪深いチェルノブイリはとうとう僕にも甲状腺の病気をもたらしてしまった。今後どうなっていくのか、予測はできない。
 最近、僕はアリョーシャ・クリーガのチェルノブイリに関する本を読んだ。
彼はブラーギン地区病院の監査委員のメンバーとして従事した時のことを書いている。
 その本のあるページに記載してあった診療登録されたカルテのデータは、心の痛みなしには読むことができなかった。
 エレナ・D 1985年生まれ 線量 396レム
 アンドレイ・G 1985年生まれ 線量 788レム
女の子や男の子が百名以上も、甲状腺の被ばく線量の数字とともに並んでいる。
なんと恐ろしいことだ。
 戦争があったわけでない。爆弾が落とされたわけでない。
 地雷が落とされたわけでない。
だが、子どもたちが死んでいく。
これが戦争でなくてなんであろう。災難は音もなく、裏切りもののように忍び寄ってくる。
僕たちは何のために生きているのだろうか。
森の中に入るのは禁止。草原で遊ぶのは禁止。
魚釣りも禁止。しかし、生きることは許可する。人間の命はなにものにもまさり尊いと言いながら、農民の子どもが自分の血でのどを詰まらせている。
ナローブリャの男の子が授業中に気絶する。
ブラーギンでは先生が女の子の出血を止められないでいる。
なぜ、こういうことに目を向けるのであろうか。
この不幸なこどもたちを救うためには何ができるだろうか。
 
チェルノブイリの苦痛。この問題は永遠の課題になってしまった。
僕たちはみな、チェルノブイリによって刻印を押された無実の囚人である。このような生徒はベラルーシに50万人いる。
僕たちはストロンチウムに汚染されたリンゴを食べ、セシウム入りの牛乳を飲み、致死量の放射能に汚染された土の上を歩き、そこで遊んでいる。
 チェルノブイリの悲劇はわれわれの健康、魂、運命を損ない続けている。
 僕はこんなことが起こるのは嫌だ。僕たちはみんな将来によりよい希望を持って生き、遊び、楽しみたいのだ。


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「暗い夜になる前に 」マリア・ゴルフビッチ(女13歳)
              ソコビッチ中等学校7年生 ソリゴルスク地区

 チェルノブイリが私の小さな村を荒らしたとき、私はたったの5歳だった。
不幸は私の家も避けはしなかった。
 兄のミーシャは、今もなお無慈悲に人々をなぎたおし続けている恐ろしい病気、ガンで死んだ。

 医者は放射能のせいだと言った。

 ミーシャは、20回目の春を迎える一週間前に死んだのだ

 今では、ガンがチェルノブイリ事故の影響であることを疑う人はいない。
 なぜ、私の兄に恐ろしい白羽の矢がたったのか。
 なぜ、今死んでいく何千人もの人々に白羽の矢がたったのか。

 兄は死ぬ前に、もう歩けなかった。
 兄は私にこう頼んだ。

 「僕のそばに座って、マーシェンカ、美男子になるように髪をすいてくれないか」と。私は黙ってうなずいた。

 兄は暗い、生気のない目でただ私を見つめるだけだった。

 そして、私は一人祈りつづけた。

 命の灯りを
 消さないで 瞳さん
 暗い夜になるまえに

 家族みんなつらかった。
 私と母はミーシャをがっかりさせないように、こっそり泣いた。
 こうやってチェルノブイリはわが家に侵入し、壁にかかる遺影として永久に住み着いてしまった。
 
 時は進む。人々は以前人生の出来事を思い出すとき「戦争前、戦争後」と
言っていたが、今では「チェルノブイリの前、チェルノブイリの後」と
言っている。それは悲しい歴史の区切り目となってしまったのである。


 チェルノブイリの悲劇は、私たち皆に慈悲、思いやり、良心を要求している。

 なぜなら、それがないところには不幸が住みついてしまうからである。
でも今わがやには不幸がいすわっている。それは出ていこうとはしない。

 何年たっても何世紀たっても
 この痛みは私たちから去らない
 それはあまりに大きく果てしなく
 どうしても鎮められない
 それは負の遺産として
 何世紀も 私たちの子々孫々に残るだろう
 そして彼らの心に居すわって
 永遠に平静を奪うだろう
 地球上の一人ひとりが
 このおそろしい年
 おそろしい日を覚えていますように
 


福島から関西に自主避難した方からのメールを紹介します。

福島から関西に自主避難してきました。
3月11日の震災後、三回の爆発を隠蔽され、何も知らされていない私たちは
放射線で汚染された畑のお野菜を「今の内!!」と毎日義父母に、収穫し食べさせられていました。
それは汚染を知ってからも強制的に私たちが脱出するまで促され続けました。
五月、14歳の娘が校内検診で甲状腺の腫れを指摘され、
それがきっかけとなり脱出する事ができました。
11歳の息子は毎日鼻血が止まらなく、二人とも貧血ぎみでした。
娘は学校に行けない程でした。
6月に急いでこどもだけ関西の知人預けました。
不思議な事がありました。中学校の尿検査で娘の尿が紛失しました。
その後…「セシウムが検出」の報道を観て気分が悪くなりました。
地元の若い医師は娘の甲状腺の腫れは放射能の影響があると言って下さいましたが、
部長クラスの方は鼻で笑う様に
「もう放射能なんて無いよ!」と言ってのけました。
私たちは不安になり、関西の大きな病院や被爆に詳しい病院にて、きちんとした
検査を受けることにしました。
放射能被曝について、
医師は確かなデーターと関連付けがないと責任上はっきりとは言えないそうです。
しかし否定はできないそうです。
私は時折、乳腺に激痛が走ります。乳腺と甲状腺に水腫ができました。
9月まで働いていた主人の仕事先が郡山で、手持ちのガイガーカウンターで7,4μ㏜ありました。
主人は肌がいつも痒く、引っ掻いた跡がグシュグシュになります。
放射能被曝はそれぞれの弱いところにじわじわと症状がでてきます。
親子皆身体が非常に疲れやすくだるく、
まるで自分の身体で無い様な倦怠感と毎日戦っています。
頻繁に貧血の様になります。
避難地域では無いので、検査代、引っ越し費用、その他もろもろ…全て自腹です。
仕事も中々決まらないままボランティアのお手伝いをしたり、
ハローワークに通い詰め様々な申請をし、必死で毎日を生きています。
福島は先祖がえりしている日本と村社会の相乗効果の根太い問題があり、
大人が意識を変えなければ、
こどもたちは自分の意思では動けず、このまま見殺しにしてしまうのかと心配です。
私たちもかなり罵倒されながらやっとの思いで脱出できました。
しかし、離れてきたものの、現状は生活も儘ならず・・・何でこんな思いをしないといけないのか?
当の東電や政府の方々はお金にも困らず優雅なくらしをされているのが不思議でなりません。
全てを風評被害とし、11億円かけて外国から旅行者を募るとは!そんなお金があるならば、
子どもたちを避難させて欲しい!自主避難者にも支援を!
そして一刻も早く事実を公表するべきです。
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木下黄太 氏のコメ
この方のお気持ちは、
「少しでも福島の現状を、そして避難地域とされないその他大勢の人々が、
何の保証もされない中で、どれだけの訳のわからない中で苦しまされているかをより多くの人々に知って欲しいと思います。
避難するまでは家族や親族からの罵倒や嫌みの言葉を浴びていました。
未だ、その祖父母が主権のコミュニティーから抜けられない人々がどれ程沢山いるのか?」
ということです。

福島のみならず、避難をすべき場所にいるさまざまな人たちが同じような環境にいると思います。その、ある意味「日本的な環境」がすべてを滅ぼす危惧を僕は強く強くもちます。こうしたことを、推し進め、めちゃくちゃな座組で全体崩壊を進める、専門家と称する人々、政府関係者、自治体幹部、国会議員、メディア関係者を僕は絶対に許すことはできないと思います。そして、それを見ながら、押し黙っているあなたも、実は同罪です。


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